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日南で働く人々

2026.3.27

福岡での暮らしを経て、家族で日南へ。コロナ禍をきっかけにJターンした髙橋麻衣さんにインタビュー

アディッシュプラス株式会社で働く、髙橋麻衣さん。串間市出身の髙橋さんは、コロナ禍をきっかけに、福岡から家族で日南へJターンしました。現在は、二人のお子さんを育てながら働いています。今回は、日南へ移住した経緯や、日南での暮らしについてお話を伺いました。

これまでの経歴
「短大では音楽を学んでいました。卒業後は一度日南で就職しましたが、さまざまなことを経験したいという思いから福岡の音響照明会社に転職し、移住しました。」

日南移住のきっかけ
「きっかけはコロナです。夫婦ともに仕事が激減し、周囲と自由に交流もできず、宮崎にも帰りづらい日々の中で、だんだんストレスを感じるようになりました。転職を考え始めていたときに、宮崎に戻るのもよいのではないかとふと思い、宮崎に帰る選択肢を前向きに考えるようになりました。」



移住するときに苦労したこと
「苦労したのは仕事と家探しです。仕事はふるさと宮崎人材バンクやしごと図鑑、家は移住センターや空き家バンクなどをフル活用し、制度も移住支援金などさまざま調べました。周りの人や制度に支えてもらえたことは、ありがたい経験でした。」



日南で暮らしてみて
「周りの人に頼ることができるようになり、以前よりも社交的になった気がします。近所の方や知り合いの方に野菜や魚をおすそ分けしていただくこともあり、地域ならではだと感じています。一度外に出たからこそ、宮崎のよさにも改めて気づきました。」

お子さんたちの変化
「子どもたちは、正直あまり変わらなかったですね(笑)。移住してきた頃は小学3年生と年中さんでしたが、適応能力が高いので、馴染むのも早かったです。最初は『方言が強くて、何を言っているかわからない』と戸惑っていましたが、今では日南弁を話しています。私の知らないうちに、近所のおじちゃんと仲良くなっていたりもして、すごいなと思います。」




福岡での暮らしを経て、家族で日南へJターンした髙橋さん。一度外に出たからこそ気づけた宮崎のよさや、日南でのあたたかな日々は、これから移住を考える人にとっても大きなヒントになりそうです。髙橋さん、この度は取材にご協力いただきありがとうございました。


 

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